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台湾は日本の生命線!

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台湾は日本の生命線!

2007/11/24

親日台湾の反日総統候補―私が目撃した馬英九の本性

■「反日」の糊塗を目指す反日政治家の来日

来年の台湾総統選挙の国民党候補・馬英九が来日。我々は二十二日、二十三日の両日、都内でその不歓迎行動(デモ)を実施した。

台湾にとって重要な国は米国、そして日本である。そこで反日で知られる馬英九が日本で支持を得られるかどうかが、台湾のメディア、有権者の関心の的となった。つまり「反日イメージ払拭の旅」が成功するか否かである。

戦後の台湾で、国民党独裁政権の悩みは、台湾人の親日感情(日本時代の文化的「毒素」)をいかに除去するかだった。台湾人を政権に従順な民にするには、中華民族意識(すなわち反日意識)を植え付けなければならない。台湾人が近代的日本文化を持っている限り、国民党の前近代的な人治体制は批判にさらされかねない。

このような意識を国民党の中国人は今でも持っており、馬英九も例外ではない。いやむしろ彼は、尖閣問題を巡る反日活動で頭角を現した典型的な中国人である。最近では日本時代の反体制の歴史人物を「中華の抗日英雄」に祭り上げるキャンペーンを行うなどしている。つまり国民党独裁時代さながらに、「親日の島」を「反日の島」にすべく、台湾人の思想改造を試みているのだ。

ところが日本にくるとなると、やはり中国人である。「私は反日ではない」「日米安保は重要だ」などと発言し始めた。最近の国民党は中国と歩調をあわせ、日米安保には批判的だったはずだが、状況に応じてコロコロ話を変えるのがこの男の特徴だ。

■日本人の真意を台湾に伝えるための行動

そこで台湾人の関心を集めたもう一つが、馬英九は日本で歓迎されていないにもかかわらず、「歓迎された」とのウソをメディアに垂れ流すかどうかだった。

なぜなら昨年の来日のとき、安倍官房長官に会見できなかったにもかかわらず、公然と「安倍と会った」「安倍は李登輝を批判していた」などと言い、安倍氏を憤慨させるという前科があるからだ。

そこで我々は「不歓迎行動」に出たのである。馬英九にはたくさんのメディアが同行する。だからその前で日本人の馬英九不歓迎の真意を訴えることにしたのだ。

馬英九は「国民党の終局的目標は中国統一」などと公言している人物である。しかし「中国統一」とは「台湾併呑」であり、「台湾売却」である。そしてそれは日本の安全と独立にも極めて大きな脅威を与えるものだ。そこで我々は、それに反対することに重点を置いた。

馬英九が日本の国会議員詣でに行く先々で、あるいは歓迎晩餐会や記者会見が行われるホテル前で、演説、シュプレヒコールを繰り返した。かくしてそれを台湾メディアは逐一報道した。

■大々な報道と台湾からの支持の声

報道量は相当のものだった。「なぜ日本人は馬英九を糾弾するのか」は記者たちには謎だったようだ。そして民進党との関係を疑い、その一点を懸命に探ろうともしていたが、徐々に日本人が「反中国の立場」から、「中国統一」に反対していると言うことが理解されたようだ。

台湾国内での反響は大きく、我々の行動を肯定する論調も見られた。「ニュースで見た。ありがとう」との声も、メンバーの知人たちからたくさん寄せられているらしい。もっとも「日本人の奴らめ」と激怒し、反日感情を掻き立てる国民党支持者も多いと思う。

台湾人が反台湾の国民党に投票する原因として多いのは、利害関係や国民党系メディアの情報操作のほかに、日米が中国に靡く中、もはや国民党の対中国宥和路線に頼らなければ平和は維持できないとの諦観がある。そこで我々は今回の行動を通じ、日本人も「台湾人の台湾」を支持している、日本も台湾とは運命共同体である、と言うエールを送りたいと思った。我々の行動のニュースを見た人々が、それを理解し、励みにしてくれることを願うばかりだ。

■独裁時代さながらの馬英九の本性を見る

なおここで、記者会見を終えてバスに乗り込んだ馬英九が見せた本性を書き留めたい。

我々は信号で停止しているバスの真横で「帰れ」コールを浴びせたとき、私が中国語で「中国統一反対」などと叫んだところ、どうも台湾人が混ざっていると思ったようだ、それまで得意の「満面の笑顔」で我々に手を振るなど、余裕を見せていた馬英九の表情が急に険しくなり、側近に何か相談しながら我々を指指し、「いったいどいつだ」と人を探すしぐさをし、さらには自らカメラを取り出し、一人ひとりを撮影するポーズを見せたのだ。

もちろん日本の政治家ならそのようなことはしない。

それは明らかに「台湾人」に対する威嚇だった。「私に楯突く台湾人は許さない」「記録しておく」と言った独裁時代の支配者層さながらの、中国人権力者そのものの意識が見事に表れていた。

いかに台湾が民主化されようとも、それで国民党の中国人的な権力者意識に変化があったわけではない。今回私はそれをはっきりと目撃したのである。

■馬英九が当選すれば日本は大変なことになる

馬英九が人気あるのは、その「笑顔」におるところが大きいが、台湾人はもうそれに騙されてはいけない。そのようなものに惑わされ、中国人に国を奪われてはならない。

彼を歓迎した日本の国会議員たちも、それに騙されてはいけない。馬英九は議員たちに「自分の総統任期中は中国統一は言わない」と発言したらしいが、それで彼を信用してはならない。有権者の対策上、「統一」を言わないのは当然なのだ。それよりも彼が唱える中国との「和平協定」や「共同市場」の構想だけを見ても、すべてが「統一」に向けた準備なのである。

親日で、しかも日本の国防上の要だった台湾は、馬英九によって中国の陣営に持って行かれるかも知れないということを、日本人は忘れてはならない。ほとんどの日本人は気がついていないが、これは大変なことなのだ。

http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-235.html

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 そして2008年5月20日、馬英九は台湾の総統に就任した。

馬 英九(マー・インチウ、1950年7月13日 生 )

馬英九の祖籍は中国湖南省湘潭県馬家堰であり、香港の九龍で出生した。

1950年、両親とともに台湾に移住し、台北市で育つ。

国立台湾大学法律学院法律系(法学部法学科)卒業。
中山奨学金の給付生としてニューヨーク大学大学院修士課程及びハーバード大学大学院博士課程を修了する。

ハーバード大学在学中は『波士頓通訊(ボストン通信)』という国民党系列紙の編集長に就任。

博士課程修了後はメリーランド大学法学部研究顧問、
ボストン第一銀行法律顧問などを務め、
またニューヨーク市内の法律事務所で弁護士として活動するなど法律家としてのキャリアを重ねた。

1981年、帰台した馬英九は政府によって総統府第一局副局長に抜擢され、主に蒋経国総統の通訳(英語)を担当した。

2007年2月13日に台北市長時代の首長特別支出費の一部支出について横領容疑で起訴される事件が発生した。
一審の台北地裁(同年8月17日)では無罪判決が下され、同年12月28日の二審(台湾高裁)でも無罪判決が下された。二審までの無罪判決を受け、馬英九は2008年1月3日に起訴した検察官を不当な政治妨害を行ったとして告訴した。
2008年4月24日、台湾の最高裁が検察の上告を棄却したことにより馬英九の無罪が確定した。

国民党公認の馬英九が総統となった事で中台関係の雪解けが期待され、台湾国内でも毛沢東のペーパーウエートが発売されるなど親中感情が高まっていった。

中台関係の改善による経済回復などを期待して、当選直後に台湾ドルが10年ぶり高値を付けた。

馬英九本人も政権発足後から直ちに中台関係の改善と経済政策の重点化を掲げて、前政権時代に制限されていた台湾企業の中国進出を緩和する意向なども示した。

チベットのダライ・ラマ14世が台湾訪問の意向を示したところ馬英九は拒否し、中国に配慮した。

更に経済上重要な存在である中国との間に欧州連合(EU)加盟国同士並みに関税、資金、労働力の自由流通を目指す「両岸共同市場」を提唱した。現在も「両岸対等、共同協議、市場拡大」を掲げ、総統就任後の2008年12月15日には中国との間で「三通」を実現させた。

旅行業者には三通(中台間の通信、通商、通航の直接開放)で空と海の直行便を定期化し、年間360万の中国人観光客を呼び込んで商売を繁盛させると呼びかけた。
こうしたバランス路線から、総統選挙では「三不」(台中統一・台湾独立・武力行使のいずれも行わない)をスローガンに掲げていた。

対日政策

学生時代に「釣魚島(尖閣諸島)還回」を主張する活動を続け、米国留学時代の研究テーマも「釣魚島」の中華民国帰属を扱うなど領土問題に関しては非常に日本に批判的である。また、在学中は大学図書館の蔵書で尖閣諸島を日本が領有する旨が記されたページを破りとるなどの行為をしていた。

2005年6月の党主席選挙では、「釣魚島の奪回のために日本とは一戦を交えることもいとわない」「戦う姿勢を見せて日本を対話のテーブルにつかせるべきだ」(2005年の沖縄近海における台湾漁船の抗議行動 )と主張した。

党主席就任後の2005年8月には、「南京大虐殺や尖閣諸島での日本の言動は、大陸、台湾双方の人々の心を逆なでする」「国民党は将来、尖閣諸島の問題解決に注力する。私は尖閣諸島についての専門的知識を持っている」 と発言した。また、2012年8月15日に発生した香港活動家尖閣諸島上陸事件の逮捕者とも過去には交流があることが活動家側が認めている。

日本による植民地統治にも厳しい評価を下しており、2005年9月高金素梅立法委員が「日本が台湾原住民を強制的に高砂義勇隊に参加させるなど原住民を迫害した」として、ニューヨークの国連本部での反日抗議活動のため台湾を出発する際、見送りに訪れ、3000米ドルの寄付を行った。

2005年9月3日に中国の胡錦涛国家主席が「日本が台湾を侵略占拠していた50年間、台湾同胞は絶えず反抗し、65万人が犠牲となった」と根拠の無い演説をした直後の2005年10月台北二二八記念館にて「日本の台湾統治50年間で、計65万人余りの台湾人が殺害された」とスピーチした。

2006年秋には国民党本部ビルに「抗日戦争勝利60周年記念」の垂れ幕を掲げた。

2002年1月、台北市などの風俗スポットを紹介したガイドブック『極楽台湾』(司書房)に対して抗議を行い、買春目的容疑の日本人を逮捕するなど売春の需要側として警戒しているようにみせたが、その実、総統になってからは売春を合法化するための運動を支持。かつての赤線地帯は復活に向かっている。

総統候補として日本を訪問した2007年11月21日、同志社大学での講演では「19世紀、20世紀の亡霊はもう過去のことだ」「過去は白と黒以外にグレーもある」などと述べるなど、日台関係を強化する必要を強調した。2006年には一度否定的な意見を述べた日米安保条約も支持するなど歩み寄りの姿勢を示している。

それでも、日本の政界やマスコミにはその真意を疑う声は根強く、「反日派」疑惑の払拭に至っていない。

そのほか、従軍慰安婦問題についても日本は謝罪すべきとの発言を繰り返している。

妻の周美青は夫と同じく香港出身の外省人。

馬英九はアメリカ永住権を取得しており、アメリカ国籍も所有していることがうわさされている。

子供は2人、馬唯中と馬元中
馬唯中はアメリカ国籍を所有している。

馬英九は総統の立場上日本に柔軟な姿勢を示そうとしているが、根っからの反日思想の持ち主である。

出生自体が7月13日ではなく10月1日という説があり、紅衛兵に影響を受けたふしが見られる。彼が総統に就任したときに、コンビニで毛沢東のフィギュアが売られたり、毛沢東のペーパーウエートが発売されるなど毛沢東礼賛を思わせる。

この毛沢東礼賛は習近平と共通するものがあり、外省人として支那と融合する危険思想を持ち、本来の台湾住民である内省人の持つ親日思想とはハッキリと違いがある。

★櫻井よしこ氏のブログより抜粋

「台湾は、抑止力として地対空誘導弾パトリオット(PAC3)や対潜哨戒機(P3C)を米国から輸入したい」。

しかし前陳水扁総統が進めようとした米国からの武器・装備の購入は国民党の反対によって予算が組めない状態が長く続いた。

馬氏が来日するときには、中国政府は日本の外務省にはいっさい注文をつけないのだ。氏がどんな重要人物に会おうが、クレームはこないという。

反対に、民進党の謝氏の来日に当たっては、「政府要人や政党幹部には会わせるな」との厳しい注文がつけられる。

中国側が、国民党首脳が日本側の首脳と親しくすることになんら反対しないのは、国民党と中国が水面下で通じていることを示すのではないか。民進党と日本側の接触に神経をとがらすのは、中国政府が彼らを敵視しているからではないか。中国の反応が、馬氏の親中ぶりを物語っているといえる。

馬氏は「三つのノー(三不)」政策、(1)独立しない、(2)統一しない、(3)武力行使をしない、を掲げる。

国民党副主席の江氏は、三不政策の目的は現状維持を最優先し、台湾経済を強化することだという。経済が健全なら、中国も武力行使には出ないという前提に立つのだ。

経済最優先で軍事力の整備にはさほど気をつかわないのは、中国が最も望む台湾のかたちである。その種の外省人政府の誕生こそ、中国の台湾奪取を可能にする。

こうしたなか、2008年2月26日の国民党系の新聞「聯合報」が、馬氏が日本統治時代の抗日志士の家族らと会い、彼らの支持を請うたと報道した。日本を敵として戦った人びととの連携、それを大きく伝え、馬氏を支持する国民党系のメディア。やはり馬氏は、基本的に反日なのかと思わざるをえない。

(以上引用おわり)

http://yoshiko-sakurai.jp/2008/03/08/675

◆「人民は怒っている。馬英九は辞職しろ」「馬政権は人民の声を聞け」…台湾で馬英九政権を批判する大規模デモ、約10万人が参加

2013/01/14(月) TBS News-i

台湾の台北で1月13日、馬英九政権を批判する大規模なデモが行われ、およそ10万人が参加した。参加者は中国寄りの企業による台湾メディア買収への反対などを訴えた。

 台湾メディアによると、このデモは最大野党の民主進歩党が呼びかけたもので、民進党の主席らおよそ10万人が参加
した。デモ隊は「人民は大いに怒っている。馬総統は辞職しろ」などとスローガンを叫びながら、台北市の中心部をおよそ
6キロにわたってデモ行進した。

 民進党は馬英九政権に対し、経済対策や脱原発などを要求。「馬政権は人民の声を聞け」などと訴えたが、なかには中国寄りの企業による台湾メディア買収の動きに反対する声も聞かれた。

 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5230733.html (削除済み?)

台湾全土から集まったデモ参加者は馬政権を「無能」と口々に非難した。 

台北市中心部で13日午後、台湾最大野党・民進党主催で政府に抗議する大規模なデモが行われ、同党によると10万人以上が参加した。 

馬英九総統が選挙公約として掲げた経済成長や失業対策、所得向上などが一向に実現せず、物価高で生活が苦しくなる一方の民衆は不満を募らせてきた。 

台湾全土から集まったデモ参加者は馬政権を「無能」と口々に非難した。 

民進党がデモを実施するのは、約8カ月ぶりで、蘇貞昌・民進党主席が2012年5月に就任してから初めて。 

デモでは

(1)メディアの一極集中排除に向けた法令整備

(2)内閣総入れ替え 

(3)公務員年金改革など重要課題の解決に向けた「国是会議」の開催―を政権側に要求した。 

◆【黒幕は旺旺集団】台湾漁船による尖閣領海侵犯

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載   

中国の監視船団が去って、台湾の漁船団40隻が巡視艇とともに領海侵犯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 黒幕は旺旺集団という、親日企業。その行為や裏切りか、それとも?

 9月25日、台湾漁船40隻と台湾海上保安庁の船12隻が尖閣諸島に現れた。そのうちの大半が日本領海を侵犯し、日本の警備艇と派手な放水合戦というスペクタクルを演じた。
しかし台湾は親日国家なのに、なぜ? 馬英九総統は「反日活動家」として知られ、ハーバード大学の博士論文は「尖閣」だったが、民意は反日ではない。

 この稿では複雑な台湾の政治状況を分析する紙幅はないが、統一派、中華思想組が馬政権を突き上げ、台湾政府としてはガス抜きのパフォーマンスを演じた気配濃厚である。だが、漁船による集団的示威航海は台湾政府の思惑と明確な意思表示とは言い切れない。
しかも台湾国民の反応は冷淡で、かつ冷静である。

 まず第一に領海侵犯の台湾漁船、合計50隻は台湾東海岸の宜蘭県蘇襖(ス−アゥ)という漁港から集団で出航している事実に注目するべきである。

日本の「かっぱえびせん」に似た魚介類の加工によるおやつを作り始め、つぎに煎餅に進出した。蔡は日本にやってきて岩塚製菓に通い詰めた。

岩槻製菓は新潟県長岡市が本拠。ぬれ煎餅、おかき、黒ごま煎餅など、ベストセラー製品は日本のスーパーでおなじみ、蛇足をかけば筆者は海外旅行にかならず、この会社のぬれ煎餅を持参する。

岩塚製菓のノウハウを伝授して貰い、味のついた煎餅を大量に作ろうと、せっせと岩塚製菓に提携を持ちかけたのだ。そして岩塚はその熱意にほだされて決意した。「それなら会社の命運を賭けて一緒にやりましょうか」。

 蔡衍明の運命が開けた。

 菓子類はバカあたりして、即席麺、飲料水、饅頭、スナックの分野にも進出し、1983年には屋号を「旺旺集団」と解消し、さらには中国へ進出した。
「岩塚製菓に足を向けて寝られません」というのが、蔡衍明の口癖だった。日本の味と加工技術がなかったら、旺旺集団が、これほど短時日裡に市場を席巻することはなかった。
いまでは台湾市場の95%を寡占する大手企業に成長したのだ。

 蔡敷衍明の野心は、それだけには留まらなかった。かれは大陸の大市場に目を向けたのだ。
福建省、浙江省、広東省などの中国沿海部はすでに菓子工場があふれかえり、一部の台湾の食品加工企業も進出していた。蔡は、沿海部を飛び越え、いきなり内陸深く、湖南省長沙に工場を建設する決断をした。
中国の奥地の人々の味にぴったりの工夫をこらし、しかし原則はふたつ。第一に絶対に値引きしない。第二に前金でしか品物を納めない。

▼毛沢東の故郷に大工場を建てた

中国湖南省で前金というビジネス風習は希少であり、どこからも注文が来なかった。いや正確に言うと大量の注文があったが、いずれも前金と聞いて引き下がった。

そこで、在庫を小学校に寄付して、口コミによる評判を高め、販売員を雇って直接売り込みに歩くという戦法をとった。
大陸での商売は軌道にのるまでに時間がかかったが、販売力がついて売れ始めると、あとは一気呵成、いまでは中国大陸の85%のシェアを誇るまでとなる。

 ついでライバル企業を買収し、傘下におさめ、挙げ句には保険、ホテル経営に手を伸ばし、香港株式市場に上場した。

問題はここから起きた。

 大陸進出の台湾企業は、中国共産党から猛烈な政治介入をうける。その典型が奇美実業であり、最初は猫なで声で液晶パネル工場の大陸進出を促し、やがて軌道に乗るや工場長の冤罪をでっち上げて、人質となし、「台湾独立に反対」と奇美実業の許文龍に言わしめたばかりか、そういう意見広告を台湾の主要メディアに出させた。 

許文龍は知る人ぞ知る、大の親日家にして李登輝に近く「台湾独立運動」の大スポンサー。台湾財界を代表する一方の顔だった。

▼中国の巡視船がさって、台湾漁船団がタイミング良く

 蔡衍明と中国共産党の間に、どういう黙契もしくは密約があるのかは分からない。

 しかし、その後のかれは何をしたか。

 民進党系列のテレビ、ラジオを買収して傘下におさめた。野党のマスコミをつぶしたのだ。
つぎに2008年、「台湾の二大新聞」と言われた『中国時報』を傘下におさめ、「旺旺中時集団」とした。『中国時報』『工商時報』『中時晩報』などマスコミを買収した意味は何か。
 これらの媒体は中華思想、統一を推進する主張をなす媒体ばかりである。

 そして2012年9月25日、尖閣諸島領海に大挙押し寄せた台湾漁船団の燃料費およそ1500万円を、蔡衍明が負担したのである。

ニュース・フィルムを見れば分かることがある。
漁船団のなかに紛れて報道専用船「旺旺中時」の船がカメラを回していることが!

 私たちが、今回の台湾漁船領海侵犯事件で留意するべきことは、あの親日国家・台湾においてさえ、これほどの親日企業が、中国共産党の政治影響力を受けてしまったという実態、そのリアリティである。

◆台湾と日本は運命共同体─凶暴な中国に共同で対処しよう! 馬政権の「親日」は騙し

【ヴェクトル21:第42号 2011年2月1日発行】

急膨張する中国に対し、日本と国家安全上のスタンスを基本的に共有する台湾が、今また「熱い政治の季節」を迎えている。2010年11月の5大都市市長選を皮切りに、2011年末には立法委員(国会議員)選、そして2012年春には2300万住民の命運をかけた総統選が実施された。
凶暴な独裁国家・中国が圧力を強める中で、日本と台湾はどう協力すべきなのか。実業家で、台湾独立運動に深く関わる「李登輝民主協会」理事長の蔡焜燦氏(84)に聞いた。(本紙編集部)

■領土権と漁業は別問題

質問(Q) 親中・反日の国民党・馬英九政権下でさえも、日台間の往来は盛んだ。気になるのは昨年、中国の侵犯で火を噴いた尖閣諸島問題。馬総統も学生時代から尖閣領有権問題では、対日強硬論者だ。周辺海域の漁業権も絡み今後、 「台湾・中国」と日本の対立が激化する恐れはあるか? 

答え(A) 領土権と漁業はまったく別の問題だ。大正9年、尖閣諸島で遭難者を救助した日本人に対し、中国(当時は中華民国)は在日長崎領事名で感謝状を贈るなど、多数の歴史的証拠があり、尖閣諸島が日本領であることは明白だ。

李登輝元総統閣下も「尖閣は日本領」と言明している。

■仲良く魚を獲ろう

一方で、台湾の漁民も昔からこの海域で魚を獲ってきた。日本の石垣の漁民は、新鮮な魚を沖縄本島より近い台湾・基隆へ売りに来ていた。台日間には日ロのように深刻な領土問題は存在しない。シナを警戒しながら、互いに魚を仲良く獲ればよいのだ。
台湾と日本は共に民主国家で安全を共有する運命共同体だ。シナ人が今春にも計画しているという、尖閣を巡る反日活動には冷静に対処しよう。

◆日本の政治と台湾

 李登輝氏は台湾の歴史について述べられた後、日本の政治について以下のように述べら れました。

中国政府と一度TV公開討論を呼び掛けてはどうか、国連でやってもいい 日本の主張はハッキリしている。尖閣は1885年から民間で開発が続けられ 10年間、日本の民間人が建物をたて経済活動をしていた実績を認めて、調査結果と合わせて政府が後追いで承認しました。

日清戦争が始まる以前の10年間、清国からは何の苦情も来ていません 。
「無主の地」を領有の意思をもって占有する「先占」にあたり、 国際法で正当と認められている領土取得(先占の法理)
国際法から見て歴史的に一度も中国の物になったことなどありません。

日清戦争の結果下関条約は1895年5月発効しましたが、日本が清国から割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれません 。

中国が尖閣を行政下に置いた証拠などありません。日清戦争とは何の関係もないのです。

またポツダム宣言の当事者中華民国は日華平和条約で尖閣の領有権を主張していません。
国連海洋法条約は「歴史」を主権の根拠と認めていない。先行発見では領有権は主張できないことになっています。国際法で一般に認められていない理屈を持ち出しています。中国側の国際法上における主張を一度聞くだけ聞いてみては?

2012/06/八十九歳となった李登輝総統

■「尖閣諸島が中国領なら証拠を出せ」と迫る

次いで留学生は、尖閣諸島を日本領だとする李登輝氏の主張に咬み付いた。「あなたは釣魚島は日本の物と言いうが、そこで私はあなたの立場について答えさせたい」と。
これに対して李登輝氏の回答は「清朝が台湾を日本へ割譲する際、釣魚台は台湾に属していなかった」と明確だった。

■「歴史の真実を知れ」と中国人にメッセージ

「あなたの講演を聞いていると、台湾は各王朝から捨てられ、管理されなかったかの印象を受けるが、しかし三国時代の東呉の歴史には台湾の記載があり、元も澎湖に巡検使司を置いていた。別に清の劉銘伝時代から(開発が)始まったわけではない」と、「台湾は古来中国固有の領土」との歴史捏造宣伝を裏付けるための中国公式史観を持ち出した。

そこで李登輝氏は「台湾人は元々どこからも管理されていなかったのだ(中国の領土ではなかった)」「台湾の歴史を理解しなければだめだ。台湾人は可哀想なのだ。(外来支配を受け続けた)悲哀がある。なぜかわかるか」と聞かれ、「 日本が長く統治しすぎたから。思想などに影響を与えた」
「日本は台湾を近代化したのだ。これを否定してはいけない」と言うと、すかさず「台湾の近代化は米国の影響だ」と言って話を遮ろうとし留学生。そこで場内はブーイングの嵐。司会が慌てて制止する場面も。

だがここで李登輝氏は「そんなに台湾史に興味があるのか」とやさしく語りかけ、台湾史に関する書籍を留学生に贈るとともに、自身の名刺を渡した。李登輝氏がこのとき若者に伝えたのは「真実を知れ」と言うことだ。

かくてこの日の講演会は終了したのだった。

かつて台湾では、国民党政権による取り締まりへの恐れから、「台湾は中国の一部ではない」「尖閣諸島は台湾の領土ではない」「日本は台湾を近代化した」と言った事実を語ることも憚れ、逆に中国人の歴史捏造が定着してきたが、そうしたものへは勇気を以って反論し、論破し、中国を恐れずに台湾の存在、尊厳を守り抜く姿勢の大切さを、この日大勢の学生は李登輝氏から学んだのではないだろうか。

中国人とのトラブルを恐れ、その歴史捏造の前で反論を控え、かえって中国を増長させ、その結果トラブルを拡大させてしまう日本人も、李登輝氏の姿勢に学ぶべきだ。

◆現在は国民に当然ながら親大陸派が増大中である。 いま台湾の結婚では9組に一組が大陸からの配偶者というのが実状だ。しかしやはりと言うべきか、大陸配偶者を巡ってトラブルも頻繁に起きている。

シンクタンクの台湾の調査を見てもやっぱり大陸は「嫌いな国」で韓国と最下位争い、日本は米国と好きな国で争っている。

ただ馬英九の大陸から人を呼び込む政策は、台湾にとって非常に危険な政策と言える。彼自身はパフォーマンスにたけてはいるが、経済政策にはなんら見るべきものがない。むしろ無能のように見える。

外省人の経営者はすぐに大陸との太いパイプを自慢するが、彼らといえども実態は大陸に利用されているに過ぎない。台湾のマスコミが大陸に牛耳られると、本当に台湾の危機となろう。

まさに今の日本の様に。

台湾は日本にとって生命線である。半島や支那に固守する反日が日本国内に溢れ、主要なメディアはこぞって反日である。

わたしはある情報機関筋から平成11年の統計を入手しているが、主要全国紙社内でも共産党員数として判明した人数は、
第一位が朝日で212名、二位が毎日で151名、三位が日経で131名、四位が読売で111名、最下位が産経で12名であった。

この順位を見ると一目瞭然なのだが、反米プロパガンダや中朝賛美、防衛アレルギーや自虐史観を喧伝する左翼傾向の度合いと、共産党員数の多さの順位はピッタリと重なっている。

この、共産党員数に、在日と韓中の工作員が入る。

じゃ、日本人は、ほとんどいないということだ。日本人以外が書き日本人に読ます新聞、

誰かが言っていたが、「アカが書き、やくざが売って、バカが読む、アカヒ新聞」そのものである。

■細野豪志・民主党政調会長時 

「韓国や中国をあざけることは、絶対にしてはならない。 日本がおかしい方向に行かないよう、我々がしっかり正して、まっすぐに進む国にする。」 

—民主党 「韓国人の生活が第一。韓国をあざけることは、絶対にしてはならない」

: 2ろぐちゃんねる 
なるほど。中国や韓国におもねるのが正しい国のあり方ですか。売国すぎて清々しいね。

それが、日本がおかしい方向だよ。

こいつもチョンか




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